ほぼ3年振りの楽曲解説となりました。今回は、ベートーベンのテンポ感についての考察です。

ベートーベンのソナタ全32曲を続けて弾いたり聞いたりしてみると分かるのですが、ある「一定のテンポ感」が感じられます。もちろん、32曲すべてが同じテンポで書かれている訳ではありませんが、曲の出だしがアレグロで始まる曲は32曲中、半分の16曲あります。また、出だしがアレグロでなくても、途中からテンポが変わる曲もあるので、多くの曲はアレグロ(♩=130位)かその半分の速さに落ち着くように思います。私は以前から生徒に教える際、「ベートーベンはメトロノームのように弾け!」と自然に言っていますが、この規則正しいテンポ感がベートーベンの音楽の重要なファクターであることは間違いありません。では、このテンポ感はどのように生まれたのでしょうか。

まず、ベートーベンが「難聴」だったということは有名ですが、実は「難聴」には次の2種類があるそうです。

「感音系難聴」 内耳から大脳にかけて音を感知する部分に障害があり、音を感知するのが困難である。
「伝音系難聴」 内耳に異常がなく、中耳の骨に異常があって、それが原因で難聴になる。
 
ベートーベンの場合は「伝音系」で、すなわち「空気伝播」の音は聞こえないが、「振動伝播」(骨伝導)の音は聞こえたようです。小鳥のさえずりやちょっと離れた場所での会話は聞こえないが、自分の弾くピアノやオーケストラの音はちゃんと聞こえたのです。
 
ところで、私が今回注目したのは、ある「難聴」を経験した方が書いた文献の中で、「伝音系」の難聴の場合、必ず「耳鳴り」が伴うと指摘していた点です。その方は、自分の心臓の鼓動が鈍い音で絶えず骨伝導で「耳鳴り」となって聞こえていたと言っていました。つまり、自分の意志とは全く関係なく、頭の中でメトロノームが鳴ってしまう訳です。いつも聞こえたか、たまに聞こえたか、その頻度はわかりませんが、そう考えるとベートーベンのソナタに一定のテンポ感が感じられることに、不思議はありません。どうしても似たような速さに落ち着いてしまう、というか落ち着かされてしまう、このように考えることが出来るのではないでしょうか。

ちなみに、私の場合、脈拍が67ですので、アレグロはその倍の134で取れます。「耳鳴り」で心臓の鼓動が聞こえていなくても、自分の脈拍と同期するのは、そても自然なことです。もしかしたら、人間のリズム感も心臓の鼓動に由来しているのかも知れません。

ぜひ一度、ご自分の脈拍に合わせて弾いてみて下さい!