皆さんは、「アリコート」というものをご存知ですか?
もともとは、ブリュートナーというメーカーが開発した、ハンマーが打たない第4番目の共鳴用の弦のことを言ったのですが、今は後にスタインウェイが開発した弦の振動を鉄骨に伝えるために装着する金属の部品のことを言います。(写真の矢印部分)
何故、スタインウェイにアリコートが必要だったかというと、大ホールでとにかくデカい中高音を出したかったからです。フルコンの場合、全長270cmの長さに比例した低音部の長い巻線に対して、中高音部の弦長はピアノのサイズに関係なくC1やC3と同じように短いです。そのため、響板を鳴らすだけの場合、フルコンの長い巻線の低音部の迫力に匹敵する中高音がそのままでは音量が足らず、ホールの隅々まで音が届きません。それで、響板だけでなく「鉄骨」も鳴らして中高音の音量を稼ごうとして、弦と鉄骨の間に「アリコート」を装着して、弦の振動を鉄骨に伝えて鉄骨も鳴らしているのです。
さて、ここで問題なのですが、フルコンは主として大ホールで使われる場合が多く、家庭で使用するには音がデカ過ぎます。それで、置き場所のサイズに合わせたC1やC3サイズとなるわけですが、例えばヤマハではC1からフルコンのCFXまで、すべての機種にアリコートが装着されています。極端な話、全長160cmのC1と270cmのフルコンとでは、低音部の巻線の長さが倍近く違います。なのにC1でもフルコンと同じように中高音を鳴らす必要があるでしょうか?
当然、必要ありません。アリコートを装着しているスタインウェイ、ヤマハ、カワイのうち、ヤマハの鉄骨の鳴り方が一番キツイように感じます。C1を大ホールで弾く人はいないわけで、家庭で練習用に使うのです。つまり、フルコンとベビーグランドの中高音の設定を全く同じにするという、極めて「雑」な設計をしているのです。当然、C1、C3クラスでは低音の鳴り方に比べて中高音がとてつもなくキンキン鳴ってしまいます。
さらにヤマハは何を考えているのか、最近は支柱にスタインウェイのサウンドベルをパクったような補助支柱を付けて、小型サイズをさらにドカンと鳴らそうとしています。家庭でC1、C3クラスを大音響にされたところで、近所から苦情が増えるだけですし、更に耳まで悪くしかねません。
さて、ここからが本題なのですが、当教室にあるヤマハのG7はセミコンですので、普通に置くだけだと鳴り過ぎて耳を壊します。また、部屋のサイズに合わせて吸音・遮音を行わないとピアニッシモの小さい音が出せなくなるので、非常にダイナミクスの悪い演奏に陥って、全く練習にならなくなります。
そこで、当教室では壁に吸音・遮音を施して、さらにハンマーのフェルトに針を刺し(整音)、音量と音色をコントロールしていました。ところが、2014年にハンマーを全交換したところ、さらに音量が出るようになってしまい、色々と考えあぐねた結果、今回アリコートを殺して(ミュートして)鉄骨を共鳴させないことを思い付きました。(ついでに、高音部の振動をさらに鉄骨に伝えるカポダストロバーも殺しました。)
やってから気付いたのですが、まず鉄骨を鳴らさないと音の立上がりが遅くなります。まあ、「木」と「鉄」では音の伝導率は「鉄」の方が高いですから、当然です。それと、アリコートが共鳴させていた濁った音が抜けたので、音はとてもクリアになり、木管楽器のような音色も聞こえるようになりました。低音と中高音のバランスは、私が個人的に中高音のキンキンした音が大嫌いなので、音の成分は「木」が鳴るだけとなり、非常に好ましい状態となりました。
このように、ピアノというものは勝手にメーカーが作った雑な設計を押し付けられている一面があり、電化製品のように、買った時が一番良い状態にあるというような代物ではないのです。従って、自分の好みの音は自分で作る以外になく、またそのことに気付いている人が、調律師も含めて極端に少ないのが致命的です。
それと、結論からすると、「それならベーゼンドルファー買えば?」ということでした。