テンポ、拍子、間の取り方。この3点において、「テンペスト」はベートーベンの32曲のソナタ中、ピカイチに難しい曲だと思います。であると同時に、この中期の作品には最終的に第30番、31番、32番にて完結するすべてのソナタを学ぶ上で必要な要素が、ほぼ収められていると言えます。ベートーベンの楽曲は標題音楽ではありませんが、この曲を解釈する上でシェークスピアの戯曲「テンペスト」は、やはり重要な手がかりとなってくれます。また、ベートーベンの特徴といえる「曲の構成」が哲学的であり、自問自答と苦悩を繰り返しながら自らの結論へと到達する過程を十分に理解する必要があります。ただし、ベートーベンの美学は「本能」ではなく「理性」により成り立っていることを前提に曲の解釈をして行かないと、全く別のものになってしまいます。

 

第1楽章
冒頭のLargo~Allegro~Adagio~Largo~Allegro とめまぐるしく変化する速度記号をどのように捉えるか?が第1楽章のキーとなり、これがきちんと掌握できれば第1楽章は仕上げることができます。(逆に言えば、これが不明確だと絶対に仕上がらない!ということです!)まず、それぞれの速度記号に対する絶対速度を、メトロノームを使って決めます。そしてそれを第1楽章すべてに当てはめ、完璧なテンポ感を身に付けます。すなわち、第2小節~、8小節~、99小節~、159小節~が同じAllegro のテンポになるということです。このAllegro のテンポを一糸乱れることなく弾くことにより、完璧な客観性を表現します。

第2楽章
まず、この第2楽章が「とても退屈な曲」だと感じたら、たぶんこの曲は一生弾けないと思います。この超ゆっくりとした穏やかなテンポの曲の中に、実はとてつもないスペクタクルが隠されていて、それが第3楽章への手がかり足がかりとなります。戯曲「テンペスト」から、この楽章をどのように位置付けるか、自分なりのイメージ創りを行ってください。決して、ただ穏やかな曲ではないはずです。そして、第1楽章→第2楽章は音楽を切ってしまって構いませんが、第2楽章→第3楽章は曲が繋がっているものと考え、第2楽章の最終小節を弾き終えた直後から第3楽章アウフタクトへのカウントが始まります。

第3楽章
アウフタクトの特徴を考え、決して3拍目のスラー頭にアクセントが付いてしまったりすることのないよう、気をつけてください。ベートーベンのソナタは、16分音符に始まり16分音符に終わります。16分音符をいかにきれいに弾くことができるかが、ベートーベンのソナタの命です。この曲のカウントのヒントとしては、4小節を1小節に数えて行くとよいと思います。また、曲の解釈のヒントとしては、戯曲「テンペスト」に登場するアリエルの存在を考えてみると、納得の行く展開が得られることでしょう。(ヒント、あげ過ぎ!)
322小節からはDolce の音を創りましょう。ベートーベンにもこのようなハーフタッチとハーフペダルを使った、絶妙な音が存在するのです。381小節がこの曲のピークで、382~384小節をハープで弾くが如きレガートで一気に弾きます。最終小節は、あっけなく終わるのですが、このように音階が下がって行く場合の終わり方をどのように処理するのかも、腕の見せ所です!

 

この曲の重要性は、単にベートーベンの中期の作品を仕上げることに留まらず、ベートーベンの作品の中から彼の「哲学」を探って行く方法を導き出す足がかりとなる作品であることです。ベートーベンのソナタを、ただテクニックだけで弾いて行くと、「ハンマークラヴィーア」までで終結してしまい、30番からの最後の3作品が弾けなくなってしまいます。前にもどこかで書いたと思うのですが、もしベートーベンのソナタの解釈において迷ってしまったら、最後の3作品をよ~く探ってみて、彼がどこに行き着いたのかを見定め、逆算して行ってください。そうすると、それぞれの年代のソナタの特徴がわかりやすく現れてくると思います。